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限界量レベルの「パパがいい」を浴びた母の結末

「ママがよかった」「パパがいい」きっと一度は、胸にチクリと刺さったことがある言葉ですよね。双子が5歳になった今まで、深刻な「パパがいい」をあまり経験してこなかった私は、先日の平日朝「パパがいい」「パパじゃなきゃイヤだ」と、仕事へ向かうパパに泣きつく息子を目の前に、胸がぎゅっと締めつけられました。大げさかもしれませんが、その日の私のメンタルは、朝の時点でほぼ終了。1日中、その言葉が頭から離れませんでした。
分かっていても、削られるメンタル
決してママがイヤなわけじゃないのは分かっているのに、ずっと「パパがいい」「パパがよかった」と言われ続けると、「ママがいるよ」「ママじゃだめ?」から、「ママでごめんね」というちょっとマイナスな気持ちにどんどん変わっていくんですね。泣き止まない息子を前に、メンタルが削られていくんです。それでも息子に寄り添いながら、「そっか、パパがよかったんだね」と受け止め、共感する。それでも、心は正直なので確実に削られていきました。(涙)

パパがよかった理由
泣いてる息子をどうにかなだめ登園し、どっと疲れたのでコーヒーをがぶ飲みして私も仕事へ。何か理由があったのかな?と思い、降園後に「どうしてパパがよかったの?」と息子に聞いてみました。すると、「パパが大好きなんだよ」「うんうん、そうだよね」「それにさ、いっぱい走ったりして遊んでくれるからパパがいいんだよ」と一言。
ハッとしました。実は私、昨年末に股関節を負傷。ゆっくり歩くのがやっとで、走ったり跳んだりする遊びができない日々が続いていました。なるほど。今のママは体を使って遊べない。だから体をいっぱい使っていっぱい遊んでくれる「パパがいい」。息子の言葉は、責めでも否定でもなく、ただの事実だったんです。
このままじゃダメだ、と思った瞬間
独身時代、私は漠然と思い描いていました。「いつか自分の子どもとフルマラソンを走りたい」「一緒に海外でトレッキングしたい」子どもが生まれたら、あれもこれも一緒にやりたい、と。でも年齢とともに体力は落ち、筋力も衰え、ついには股関節をケガ。気づけば「できない理由」を並べる自分がいました。
今回の「パパがいい」は、そんな私に現実を突きつけてくれました。子どもたちと、もっと体を使って遊びたい。一緒に汗をかきたい。だからまずは、ちゃんと治そう。自分の体から、もう目をそらさず、向き合うことを決めました。
「パパがいい」のおかげで気づけたこと
はじめてあんなにも「パパがいい」と言われ、メンタルが削られる。そして、その理由にハッとさせられる、いい経験になりました。子どもの言葉や気持ちの裏には必ずそれなりの理由があって、その理由から親自身が学ぶことも多いんだなと気付かされる出来事でした。もちろん、理由がない「ママがいい」攻撃でパパが撃沈することもありますけどね。
「今日はママといっぱい走ったね」そんな日をまた少しずつ増やせるように、まずは体調管理から、再スタートです。
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