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9歳の息子が亡くなった曾祖母を見て思い、感じたこと

先日、私の祖母が逝去しました。
現在9歳の長男がまだ赤ちゃんの頃に身内の葬儀に立ち会う機会はあったのですが、物心ついてからの親しい人の死は初めて。
そんな彼は亡くなった曾祖母に対面し、何を思い、何を感じたのか。
葬儀に関する話題や人の死に関する話題はタブー視されることが多いためか、あまり見かけない話題かと思います。けれど、だからこそ、綴りたいと強く思ったため、人によってはセンシティブに感じられる内容も含まれるかと思いますが、ありのままを書き残します。
長男と仮通夜に
私の母方の祖母、長男から見た曾祖母が逝去し、長男と共に仮通夜に駆け付けました。
田舎の風習で仮通夜、通夜、葬式と三日間に分けて葬儀が行われる中、長男は小学校や習い事の関係から初日の仮通夜にのみ参加。
仮通夜に参加するにあたり、本人にも参加するかしないか意向を確認しましたが「行きたい」とのこと。仮通夜は月曜日の日中に行われたため、小学校を休みたくて参加したいと言っている気もしましたが、曾祖母の最期に立ち会うため小学校はお休みし、二人で電車を乗り継ぎ二時間ほどかけて出向きました。

もう9歳、まだ9歳
会場に着くと納棺前の祖母が布団に横たわっており、早速線香をあげてお参りしました。長男も私を見よう見まねでお参りし、一息ついたところで私の母から「祖母の顔を見るかどうか」を尋ねられました。私はもちろん「見る」の一択でしたが、長男は亡くなった方の顔を見たことはありません。
もう9歳。けれど、まだ9歳。
長男に見せるべきかどうか私も一瞬悩みましたが、長男の意思を尊重することが何より大切だと考え、長男自身に決めさせました。
「ひいおばあちゃんの顔を見るかどうかは長男が決めていいよ。ママはどちらでもいいし、長男自身のことだから自分で決めようか」と言うと、少し悩んだあとすぐに「見てみたい」と自分で決め、一緒に顔を見ました。興味本位から「見たい」と言ったように思います。
昨年から入院しておりそろそろだと覚悟はしていたものの、祖母の顔を見ると自然に涙が溢れてきて、ポロポロ泣く私にビックリした様子の長男。
そっと祖母に触れると冷たくて、それがまた悲しくて。
長男は触れるのは怖かったのか「いや、やめとく」とのことでしたが、物心ついてから親しい人の死を初めて体験した長男。
その場の独特な雰囲気にいつもよりも長男の表情が硬く強張っていたように思います。
9歳の息子が亡くなった曾祖母を見て思い、感じたこと
仮通夜を無事に終え、電車を乗り継いでまた二時間ほどかけて帰宅しました。
私はへとへとでしたが、長男は先程よりも遥かに元気いっぱい。亡くなった方に対面させるのでメンタルが少し心配でしたが、帰宅後はいつも通りの長男でした。
仮通夜を無事に終えたこと、長男も無事に参加出来たことを夫に伝え、長男に「亡くなった人を初めて見てどう思ったか」を聞いてみると、返ってきた返事は一言。
「わからない」
そして「ママが泣いていたのがビックリしたし、ショックだった」と教えてくれました。
長男は初めて身近な人の「死」を体験し、きっと彼の中では沢山の初めての感情が沸き起こったのだと思います。自分自身が経験したことのない「気持ち」に出会い、その表現の仕方がわからずに「わからない」と正直な感想を告げた長男。素直な感想だと思いました。
そして普段、私が子どもの前で泣くことなんて滅多にないので、「ママが泣いたのは、ひいおばあちゃんの死が悲しくて、もう二度と会えないのが寂しいからなんだよ」と伝えました。強いママしか見せたことがなかったので「ママでも悲しくて泣くことがあるんだな」と思ったようです(笑)。
小学校3年生ともなれば「死ね」とか「殺す」とか、あまり良くない言葉を使う場面もあるのが現実ですが、身近な人の死を経験したことで「死ぬってこういうことなんだ」と思い、「命の重み」を身をもって感じ、自身の軽率な発言を今一度振り返る機会にもなったように思います。
反抗期に片足を突っ込みつつある今だからこそ、死を身近に感じたことで芽生えた様々な感情をどれも大切にし、自分自身や周りの人たちを大切に出来る人に成長してくれるといいなと思います。
何気ない日々を大切に、今日を生きていきたいと思います。
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