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なぜかよく道を聞かれる母(私)の話。理由を本気で考えてみたら…

「すみません…」その声に振り向くことが、なぜかとても多いのです。
知り合いに呼ばれたわけではなく、だいたい道端で少なくとも2ヶ月に1回は道を聞かれている気がします。
もしかして、“話しかけても大丈夫そうな母”オーラが出ているのでしょうか。
そんなわけで今回は、なぜかよく道を聞かれる理由を、ちょっと本気で考えてみました。
2ヶ月に1回の「すみません…」
先日、また道を聞かれました。気づけば、少なくとも2ヶ月に1回は誰かに声をかけられています。目的地は駅やお寺、教会などなど…なぜか私は“道を聞かれスポット”に立っていることが多いのです。
振り返れば、独身時代からそうでした。旅行先では外国人観光客に道を聞かれ、拙い英語で必死に説明。当時は今ほどスマホも使いこなせず、駅の案内板の前で一緒に右往左往。もはや「一緒に探す旅の仲間」状態でした。
子ども連れは話しかけやすい?
出産後も、その体質(?)は健在。ベビーカーを押しているときも、子どもと手をつないで歩いている今も、なぜかよく声をかけられます。理由を本気で考えてみました。
・わりと顔を上げて歩いている
・キョロキョロせず、のんびり歩いている
・子ども連れ=怖くなさそう
もしかして私は、「話しかけても大丈夫そうな人オーラ」を出しているのでしょうか。自覚はありませんが、もしそうならちょっと光栄です。

合ってる?合ってるよね?と毎回不安
とはいえ、道案内は毎回ちょっとしたプレッシャー。説明し終わったあと、「あれ、あの角一本手前だったかも…?」と急に不安になることもしばしば。心の中で「どうか無事に着いていますように」と祈っています。
最近は同年代よりも、少し上の世代の方から聞かれることが増えました。スマホは持っているけれど、地図アプリの操作が不安という方も多いようです。そんなときは、すかさず自分のスマホを取り出し、拡大、スクロール、ルート確認。文明の利器に全力で頼ります。

ちょっとした社会参加気分
現在は仕事をしていない生活ですが、道を案内し終えたあと、ほんの少しだけ「今日、社会の役に立ったかも?」と思える瞬間があります。数分のやりとり。でも、きっと誰かの助けにはなっているはず。
もしかすると私はこれからも、道端で「すみません」と声をかけられ続けるのかもしれません。
そのたびに内心ドキドキしながらも、顔を上げて、できるだけにこやかに応えられる自分でいたいと思います。
今日も私は、街角の“非公式インフォメーションセンター”
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