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妻が2泊3日韓国旅行へ。5歳3歳と残された私が見つけた海外旅行より価値ある「いつもの日常」

こんにちは、5歳娘3歳息子の育児に奮闘する40代パパ育児ブロガーの浅田伊佐夫です。
いつもブログを読んでいただき、ありがとうございます。
先週末、わが家には少しだけ「特別な空気」が流れていました。というのも、妻が友達と一緒に2泊3日の韓国旅行へ出かけていたんです。
久しぶりに羽を伸ばす妻を笑顔で送り出し、玄関のドアが閉まった瞬間、5歳の娘と3歳の息子、そして私の3人きりの週末が幕を開けました。
ふと、「妻がいない、子どもと自分だけの時間」を過ごしながら、私はかつての自分たちの姿を思い出していました。
「自由」を履き違えるほど謳歌していた、あの頃
時計の針を、今から約7年前の2019年4月まで戻してみます。
私と妻は、タイのプーケットにいました。エメラルドグリーンの海を眺めながら、ただただ贅沢な時間を過ごす。今振り返れば、それが「子どもがいない夫婦二人きりの海外旅行」の最後でした。
2016年に結婚してからというもの、私たちは驚くほどの頻度で海外へ飛び出していました。
ハワイの開放感、ギリシャ・サントリーニ島の青と白の世界、ドバイの摩天楼、ベトナム・ダナンの喧騒、バリやセブの緩やかな空気。
当時の私は、仕事の合間を縫うように強引にスケジュールを組み、現地に着けば分刻みの過密日程をこなす。そして何より、朝から晩までとにかくお酒を飲んでベロベロになる。それが「最高の旅」だと疑いもしませんでした。
「次はどこへ行こうか?」
世界地図を広げ、まだ見ぬ刺激を求めて自分たちの欲求のままに動く。
あの頃の私たちにとって、旅行とは「日常からどれだけ遠くへ、どれだけ非日常へ逃避できるか」の勝負だったような気がします。

想像の中の「独身旅行」と、目の前の「現実」
2019年8月に長女の妊娠がわかり、世の中がコロナ禍に突入したことで、私たちの旅のスタイルは一変しました。2022年頃からは息子も加わり、家族4人での海外旅行を再開させましたが、それはかつての「自由な旅」とは全くの別物です。
小さな子どもを抱えての移動は、常に制限との戦いです。
「もし今、あの頃のように男友達と子抜きで海外に行けたら?」
妻が不在の夜、そんな想像が頭をよぎりました。
空港のラウンジからビールを飲み、機内では子どもに動画を見せる苦労もせず、ひたすら新作映画に没頭する。現地に着けば、誰の顔色もうかがわずにハシゴ酒。
「いや、最高に幸せじゃないか、それ」
そう思ったはずなのに。
不思議と、今の自分にはその選択肢がさほど魅力的に映りませんでした。
この週末、私と子どもたちの3人が何をしたか。
まずは年パスを持っているいつもの水族館へ行き、午後はいつものサッカー教室。翌日はいつもの図書館で絵本を読み、いつもの公園で日が暮れるまで走り回る。
大人の視点からすれば「またここ?」と言いたくなるような、半径1km圏内のルーティン。けれど、子どもたちは違います。
何度も通ったはずの水族館で、初めて見るかのようなキラキラした目で魚を追い、公園の遊具で新しい遊び方を見つけては「お父さん、見て!」と得意げに笑う。
専門家いわく、子どもはこの「慣れ親しんだ場所」での繰り返しを通じて、心の土台を育んでいる時期なのだそうです。飽きもせず、同じ場所で、同じ遊びに夢中になる。その姿を横で見守っているだけで、私の心の隙間がじんわりと満たされていくのを感じました。

最後に…半径1km以内の「当たり前」という贅沢
異国の地で味わう未知の刺激や、身軽な自由。それは確かに楽しいものです。
でも、今の私にとって、何十万円もかけて行くエキサイティングな海外旅行よりも、子どもたちの希望に振り回されながら過ごす「代わり映えのしない日常」の方が、はるかに価値がある。
かつての自分や、独身の若い世代からすれば、「そんなのただの強がりだ」と思われるかもしれません。かつての私も、きっと理解できなかったでしょう。
けれど、幸せの価値観は、人生のステージと共に鮮やかに塗り替えられていくものなのですね。
特別な何かがなくても、ただ子どもたちが笑い、転び、食べ、眠る。そのすぐそばに居られること。どんな華美な贅沢よりも、この「当たり前」を愛おしいと思える自分になれたことが、私にとって最大の発見でした。
娘よ、息子よ。
君たちのおかげで、お父さんは今日も幸せです。
たくさんの幸せを、いつもありがとう。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました!
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