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「ちゃんとしなきゃ」が、苦しい。ドラマ『ダウンタイム』を観て気づいたこと

「ちゃんとしなきゃ」が、苦しい。ドラマ『ダウンタイム』を観て気づいたこと

Netflixシリーズのドラマ『ダウンタイム』。美容整形がテーマということで、グロテスクな表現も覚悟しつつ臨みました。もちろん、ギュッと心臓をつかまれるようなシーンも、たくさんありました。最初は家事をしながら、なんとなく流し見している程度だったのです。ところが、いつの間にか登場人物たちの言動が気になり、画面から目が離せなくなっていきました。「なんでこの人は、こんなことを言うんだろう?」そう思っているうちに、その人の生い立ちや生活背景まで気になってくる。それぞれが抱えているものや、人との関わり方まで描かれていて、想像以上に濃い人間ドラマでした。

「まともな人」って、どんな人?

そんな中で、主人公が葛藤を抱えながら美容外科医として患者や周りの人と関わっていく中で出てくる、「まともな人」という言葉にドキッとしました。まともな人って、どんな人なんだろう。人に迷惑をかけない人。常識がある人。ちゃんとしている人。私の中にも、なんとなく「こういう人がまとも」というイメージがあったことに気づきました。

でも、よく考えてみると、その「まとも」の基準って、誰が決めたものなんだろう。人それぞれ育ってきた環境も違えば、大切にしていることも違う。ある人にとっては当たり前のことが、別の人にとってはそうではないこともあります。もちろん、社会で生きていく上で守るべきルールや、周りへの配慮は必要。だから「まともなんて必要ない」という話ではありません。ただ、「まとも」という言葉を使うとき、自分の中にある基準を、いつの間にか相手にも当てはめていないかな。そんなことを考えました。

「ちゃんとしてほしい」は、本当に子どものためだけ?

そして、考えているうちに、自分自身にも思い当たることがありました。私は、周りの人からどう見られているかを気にして、行動を制限してしまうことがあります。「こんなことをしたら、どう思われるだろう」「ちゃんとしていると思われたい」そんな気持ちから、無難なほうを選んでしまうこともある。

そして、子どもに対して「ちゃんとやってほしい」「もう少し、こうしてほしい」と思う気持ちにも、自分の「まとも」の基準が影響しているのかもしれません。親としての責任はもちろん必要。でも、時々「あれ?」と思うことも。その「ちゃんと」は、本当に子どものためだけなんだろうか。「ちゃんとした子に育ってほしい」という気持ちの奥に、「ちゃんとした親でいたい」「周りからちゃんとしていると思われたい」という自分の気持ちが、少し混ざっていることもあるんじゃないか。そう考えると、子どもに対して厳しくなってしまったときの自分の気持ちも、見直してみようと思えました。

「ちゃんと」が、苦しいこともある

『ダウンタイム』を観る前は、美容整形がテーマということで、ここまで自分の心に残るドラマになるとは思っていませんでした。でも、観終わって私の中に残ったのは、「まともな人って、どんな人なんだろう」という問いでした。そして、「私にとっての“まとも”を周りに押しつけていないだろうか」ということ。子どもにも「ちゃんとしてほしい」と思う。自分自身も「ちゃんとしていたい」と思う。それ自体が悪いわけではないけれど、「ちゃんとすること」が苦しいときもある。「ちゃんとしていないと」と思うあまり、自分自身を縛ってしまうこともある。

その「ちゃんと」は誰のためなのか。ときどき立ち止まって考えてみるのも、大切なのかもしれません。最初は家事をしながらの流し見だったのに。思いがけず、自分の中にある「ちゃんとしなきゃが苦しい」に気づかされたドラマでした。

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マイペースで突き進む内弁慶な6歳の息子、アクティブなパパ、楽天家ママの3人家族です。笑いあり、涙ありの日常をお届けしたいです。

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