「まさか、うちの子が」から始まった日々。自閉スペクトラム症の双子を育てる母が伝えたいメッセージ

&あんふぁん編集部が今、気になる人へインタビューを行う「あなたに会いたい」企画。
「まさか、うちの子が」。保育士であり、自閉スペクトラム症の双子の息子を育てる母・りぼんさん。最重度・重度知的障がいのある息子たちとの日々は、「壮絶」という言葉だけでは言い表せないほど、思い通りにいかないことの連続だったといいます。そんな子育てのなかで、りぼんさんが本に込めたのは、「何とか生きている人が、ここにいます!」というメッセージ。同じように悩み、立ち止まりながら子育てをしている人へ届けたい、その想いを伺いました。
書くことが、誰かとつながった。「本という形にしたい」と思うまで
もともと本を読んだり、書いたりすることが好きでした。自宅にいなきゃいけない時期に「ブログを始めてみようかな」と思ったのがきっかけです。双子との日々の子育てだったり、親の葛藤だったり、そういう気持ちを毎日書いていました。
するとコメントで「そんな言葉が聞きたかったんです」とか、「こういう人もいるんだって知って、ひとりじゃないんだと思いました」って言っていただいたり。母の世代の方から「孫の成長を見守るみたいに読んでいます」って言われたりして。
自分の子育ての経験が、誰かの支えになったり、前を向くきっかけになったりすることがあるんだって感じて、「形になったらいいな」、本という形にできたらいいなって思うようになりました。

「違うかもしれない」と感じたのは、公園や児童館でのこと
日常的に公園や児童館へ出かける中で、周りの子がママと会話していたり、順番を待ったり、人と関わったりしている姿を見ると、うちは言葉も出ていないし、人との関わりも見られなくて。そうした場面で、「ほかの子と違うのかもしれない」と感じることがありました。
「まさか、うちの子に…」という思いと、「置いていかれるんじゃないか」「差が開いていくんじゃないか」という不安や焦りが、だんだんと強くなっていきました。
双子の特性に目を向けるきっかけは、衝撃だったひと言。「これじゃいけない」と思った瞬間
2歳上の長女がいて、3人とも同じ保育園に入園して、私は働きたいと思っていました。入園の面接に行ったら、「もう一度、再面接に来てください」と園長先生に言われて。再面接での一言が、私にとっては衝撃でした。「お子さんは、人を人として認識していないですね」と言われたんです。
園長先生の思いとか、いろんな考え方があったと思うんですが、当時の私としてはすごくショックで、「ホワイトでもグレーでもないですよ」って言われたように聞こえたんですよね。「このままじゃいけないな」って思った、大きなきっかけでした。
療育の場で「自分だけじゃない」と思えたこと。受け入れるまでの心の揺れ
最初は「うちの子に限って」と思っていましたし、定型発達の道に進んでいくんだって思っていました。だから“療育は必要ない”と思っていました。でも、3歳児健診で保健師さんから集団療育を勧めてもらって、初めて特性のある子どもと親御さんたちの部屋に入ったんですね。
そこで、療育に来ているお母さんたちも、ここにたどり着くまでに、きっとたくさん悩んだり迷ったりしてきたんだろうなって思いました。お母さんたちと話していくうちに「それ、私もある」って共感できることがたくさんあって。「自分だけじゃない」って思えたことが大きかったです。
現実を受け入れるまでの揺れは、本当にいろいろありました。最初は「なんで私なの?」っていう理由探しで、「自閉症 治る」とか、検索ワードがずらっと並ぶくらいでした。
それから先が見えない怖さもありました。定型発達の成長する姿は想像できるけれど、特性がある子は、この先どうなるの?保育園は?小学校は?中学校は?って、未知の世界への怖さがありました。
まだ2〜3歳だし「追いつくんじゃないか」という希望もある。でも現実には、右肩上がりとは程遠い、緩やかな成長。その行き来がありました。「普通を失ったような感覚」もありました。思い描いていた家族像や未来像と違う、という喪失感です。
小さな「できた」が宝物。すり減りそうな心は「参加しない」で守る
双子を育てている中で、うれしかったのは本当に些細なことです。たとえば、ゼリーのふたを自分で開けようとした姿を見たとき。「やってみようとしてるんだ、この子」って思って。実際に開けられたのを見たときは、100倍にも200倍にもうれしいんですよね。
言葉も同じです。最初は「あ」みたいな難語のようなものだったのが、なんとなく「おかわり」みたいに聞こえたとき、「今、言えたよね」って確認しながら返せたのが、すごくうれしかったです。言葉が出てこない分、叩いたり投げたりして気持ちを表していたのが、「いやだ」って言葉で伝えられたときも。言葉が出てこない苦しみって、どんななんだろうっていつも想像しているので、そこにつながったのは大きかったです。
心がすり減りそうなときの自分の守り方は、「参加しない」ことです。「同じ舞台には立ちません」。かんしゃくや繰り返しが起きたときに私まで参加してしまうと、余裕がなくなってしまうので。そして心の中で実況するんです。「はい、ものが飛んでおりますね」「当たらなくてよかったです、セーフでした」みたいに。“画面越しに見るフィルター”を通して見る感じで、距離をとって見ています。
うれしかったのは「温かく見てくれる」こと。そして「今日も“生きてる”花マル」
小学校のときは特別支援級に在籍していて、給食を食べたり、音楽や体育など参加できるときは交流級で過ごしていました。そこのお友達がとても温かくて。「ヒカルくんはタッチが好きだから、教室に入ってきたときタッチするんだよ」とか、「トウマくん、ご飯食べられなかったのに食べられるようになったんだよ」。そんなことを家で話してくれていたと、その子のお母さんから聞いたときは、すごくうれしかったです。
うれしかった関わりで言うと、運動会でトウマが1位で走ってきたとき、ゴールテープが腰より下だったので、足でまたごうとしたんです。そしたら先生がテープを低くして、またぎやすいようにしてくださった。あれがすごくうれしくて。
ゴールのテープは、パーンって切るだけじゃなくて、またいだっていい。ダンスも振り付けをそろえるのはかっこいいけど、リズムに乗ってたらもういいじゃん、って。本人なりのゴールの仕方、本人なりの楽しみ方を見てもらえる関わりが、私はうれしいです。
大切なのは人とのつながり
これからのために大切だと思うのは、「人とのつながりを持っておくこと」だと思います。デイサービスや学校の先生だけじゃなくて、うちは移動支援を使っていて、休日にヘルパーさんと2人で、電車を見に行ったり、写真を撮ったりしています。つながりがあると、子どもの安心にもなるし、親の安心にもなる。その先のサービスの情報につながることもあります。
最後に、同じように悩んでいる親御さんへ
子育ては孤独や不安を感じることが多くて、「自分だけ」って思うことがあると思います。比べてしまうこともある。でもそれでいいと思うんです。無人島で暮らしてるわけじゃないから、見えるし感じる。その中で「こんなことができるようになった」「言えなかったのに言えるようになった」と気づけたら、それは花マルだと私は思っています。
そう言う私はそれがとても下手で、すぐ自分を責めるし、丸なんて全然つけられないんですけど…そんな不器用な人も、子どもたちと一歩ずつ進んで、立ち止まって、なんとか過ごしています。あなたはひとりじゃないです。一緒に生きていきましょうね。
“ひとりじゃない”と感じられる瞬間
今回のお話を伺いながら、筆者として心に残ったことがあります。
りぼんさんの言葉を聞いていると、「正解のない子育て」の中で、それでも毎日を懸命に積み重ねてきた日々の深さが伝わってきます。悩んで、立ち止まって、それでもまた進んでいく。その姿は、特性の有無にかかわらず、多くの親が抱える思いと重なっているように感じました。
誰かの経験が、誰かの明日をほんの少し軽くすることがある。今回の取材を通して、私自身も“つながり”の力をあらためて実感しています。(やまさきけいこ)
『息子はフタゴで 自閉スペクトラム症 今日も「生きてる」花マル!』

最重度・重度知的障がいをともなう自閉スペクトラム症の双子・ヒカルくんとトウマくんとの暮らしを綴った実録。かんしゃくやこだわり、感覚過敏など日々の困りごとに向き合いながら、少しでも過ごしやすくなるよう工夫を重ねてきた過程が、具体例とともに描かれています。療育や周囲との出会いを通して、戸惑いや孤独の中にあった景色が少しずつ“日常”へ変わっていく心の軌跡も記された一冊です。
りぼんさんのそのほかの作品
『ぼくたちのすきとにがて』
「かおは似ていないけれど、ふたりはふたご」のヒカルとトウマが、それぞれの「すき」と「にがて」と向き合いながら過ごす姿を通して、子どもの“ちがい”をやさしく見つめ直せる一冊です。
また本作は、インクルーシブな絵本を通じて障害理解を広げる活動を行うNPO法人「絵本屋だっこ」の取り組みの一つとして扱われ、売り上げは活動に活用されるとされています。
企画/&あんふぁん編集部、取材・文/やまさきけいこ
※記事中のリンクから商品を購入すると、売上の一部が当社に還元される場合があります





























