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「なんで誰もやらないの?」老舗かき氷店の閉店を知って5歳双子が考えたこと

「もうすぐ、あのかき氷屋さん閉店しちゃうんだって」私が残念がっていると、5歳の双子が不思議そうに聞いてきました。「どうしてそんなに悲しいの?」子どもたちにとっては、たくさんあるお店のひとつ。でも私にとっては、「かき氷が食べられなくなる」だけではない寂しさがありました。そこで、このお店がどんな場所なのか、子どもたちに話してみることにしました。
8月末で閉店。昔から続く歴史あるお店
昔ながらのかき氷が食べられる近所のお店は、今どきのカフェやかき氷専門店とは、ちょっと違います。以前、お店のおばちゃんから直接聞いた話では、かつて山道を行き来する商人たちが、山道を登る前や降りてきたあとにこの店に立ち寄り、のどを潤していったのだそう。私には、単に商売として営業しているというよりも、長く続いてきた場所や文化を守り、歴史をつないでいるように感じられるところが、このお店の魅力に感じていました。そんな大好きなお店が、店主さんによると今年8月末でお店を閉めることになったそうなのです。

木の台に座って、ガラスの器のかき氷を食べる
そのお店では、優しいおばちゃんがその場でかき氷を作ってくれます。ガラスの器にこんもりと盛られたかき氷を受け取ったら、木の台に腰掛けていただきます。人気なのは白玉のトッピング。お客さんたちもどこかのんびりしていて、まるでみんなでおばあちゃんの家に遊びに来たような雰囲気です。便利で新しいお店が次々と生まれる今、こうした昔ながらの空気をそのまま感じられる場所は、とても貴重だと思います。だからこそ、閉店すると聞いたとき、私は「好きなお店がなくなる」以上の寂しさを感じたのかもしれません。

「じゃあ、誰かがやればいいんじゃない?」
そんな話を5歳の双子にすると、質問が次々と飛んできました。「なんでやめちゃうの?」「もう食べられないの?」「誰かやらないの?」「じゃあ、どうしたらいいの?」私がすぐに答えを出さずにいると、今度は自分たちで考え始めました。「僕だったら誰かにお願いするかな」「お友達とやったら、なくならないんじゃない?」もちろん、お店を続けることはそんなに簡単な話ではありません。子どもにはまだ分からない、さまざまな事情がありますし、5歳の子どもたちには、まだ分からないことがたくさんあります。でも私は、その「なんで?」がとてもうれしく感じました。
「なくなる」を自分ごととして考えた5歳
子どもたちにとって、「お店」はそこにあるのが当たり前だったのかもしれません。でも、ずっとあると思っていたものにも終わりがある。そして、誰かが続けてきたからこそ、今まで残っていたものもある。今回の閉店をきっかけに、そんなことを少しだけ感じてくれたように思います。「なくなるんだって。残念だね」で終わるのではなく、「なんでなくなるの?」「残すにはどうしたらいいの?」「誰かができないの?」「自分だったらどうする?」と考え始めた5歳の双子。正解を教えることよりも、こうやって身近な出来事から疑問を持ち、自分なりに考えてみることも大切な学びなのかもしれません。
いつか「昔、こんなお店があったんだよ」と話す日を…
古くからあるものがなくなるとき、そこにあるのは建物や商品だけではありません。そこで交わされた会話や、食べた味、地域の人たちの記憶も、その場所の歴史の一部なのだと思います。いつか子どもたちが大人になったとき、「小さい頃、おばちゃんが作ってくれるかき氷を、木の台に座って食べたんだよ」と話す日が来るのかもしれません。そう考えると、今この瞬間に子どもたちと訪れ、その空気を一緒に味わえたこと自体が、とても大切な思い出になりました。
そして今回、子どもたちから出てきた「じゃあ、どうしたら残せるの?」という言葉。その答えは、私にもまだ分かりません。でも、「なくなってほしくない」と思ったときに、そこで終わらず「自分だったら何ができるだろう」と考えること。5歳の今、その小さな問いが生まれたことも、お世話になったお店が最後に子どもたちへ残してくれたものなのかもしれません。

今までありがとうございました。そして、本当にお疲れさまでした。
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