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ひろゆき氏の言葉で納得。「優先席」があるからこそ日本人は席を譲れなくなる?

先日、1人で電車に乗っていた時のことです。電車内はそこそこ混雑していて、私はドア付近に立っていました。
ふと少し遠くを見ると、抱っこ紐で赤ちゃんを抱えた女性が立っていらっしゃいました。その車両にももちろん優先席はあるのですが、女性が立っていたのはドア付近で、優先席からは少し離れた場所。周囲にはスマホを見つめる人、静かに目を閉じている人たちが座っています。
誰も悪意があって無視しているわけではないのは分かります。ただ、「優先席じゃないから」「目の前じゃないから」という目に見えない壁がそこにあるように感じられて、なんだか少し悲しい気持ちになってしまいました。
本来なら、優先席かどうかにかかわらず、目の前に大変そうな人がいたらサッと席を譲れたら素敵なのにな…。そんなモヤモヤとした思いが、胸の奥に残る出来事でした。
日本と世界の優先席の意識の差
この出来事をきっかけに、電車内での「席を譲る」という行為について改めて考えてみました。
日本にはどこに行っても「優先席」があり、明確に「ここは高齢者や妊婦の方、身体の不自由な方のための場所ですよ」と示されています。これはとても優しく丁寧な制度です。しかしその反面、日本人は「ルール」や「区画」を意識しすぎてしまう側面もあるのかもしれません。「優先席に座っている人が譲るべき」「自分は一般席だから関係ない」という無意識の線引きや分断が、どこか生まれてしまっている気もします。
一方で、世界に目を向けてみると、必ずしも「優先席のエリア内だから譲る」という考え方ばかりではありません。
これは日本のやり方が悪く、海外のやり方が良いという「良い悪い」の話ではありません。日本の「相手に遠慮する」「目立つのを避ける」という気遣いの文化が、かえって「声をかけて断られたらどうしよう」という躊躇を生んでいる部分もあります。日本と世界とでは、優先席や人に席を譲るということに対する価値観や距離感に、大きな差があるのだと実感します。
フランスの具体事例
海外の価値観について考える中で、実業家のひろゆきさんが動画で語っていたフランスの子育て・乗車文化の話を思い出しました。
ひろゆきさんによると、フランスではベビーカーを押して電車に乗ろうとすると、周囲の人が自然に手助けをし、スペースを空ける場面が多く見られるそうです。優先席かそうでないかにかかわらず、「目の前に困っている人がいる」「ベビーカーが来た」となれば、乗客同士で「そこ空けて!」と声をかけ合い、自然と譲り合う光景が見られるのだとか。
ひろゆきさんは「日本は優先席があるからこそ、それ以外の席の人は立たなくてもいいという免罪符になっているように見える」という旨の指摘をしていました。
まさに、ルールがあるからこそ思考が止まってしまうという側面があるのかもしれません。「優先席だから譲る」のではなく、「助けが必要な人がいるから譲る」。このような考え方の一例には、日本の私たちが学べる視点もあると感じました。
子どもに教えたいこと
我が家には、6歳の娘と、最近4歳になった息子がいますが、これから成長して一人で電車に乗ることも増えていく子どもたちには、社会のマナーとして「優先席」という存在やその意味をしっかりと教えてあげたいと思っています。マークの意味や、なぜその席があるのかを知ることはとても大切です。
ですが、それ以上に伝えたいのは、「優先席じゃなくても、席が必要そうな人がいたら譲ってあげようね」という考え方です。
「あそこは優先席じゃないから」「ぼく・わたしの目の前じゃないから」と決まりごとで判断するのではなく、周りをよく観察して、困っている人がいたら自分から行動できる人になってほしい。電車の中で「どうぞ」と声をかける勇気は、最初は少し照れくさいかもしれません。でも、その一言の優しさが自分も相手も温かい気持ちにしてくれるということを、親として背中で見せていきたいです。
最後に
電車内の優先席制度は、配慮が必要な方々を支えるための素晴らしい仕組みです。しかし、そのルールに縛られすぎて、目の前の優しさを忘れてしまっては本末転倒ですよね。
「優先席だから譲る」から一歩進んで、「困っている人がいるから譲る」。
子どもたちが大人になる未来の社会が、区画やルールにとらわれず、誰もが自然と手を差し伸べ合える優しい空間であってほしいなと思います。まずは私自身が、次に電車に乗る時から、もっと視野を広く持って周りを見渡せる「お父さん」でいたいと思います。
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