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子どもの習いごとは親の安心のため?わが家が考える「学校以外の世界」

子どもの習いごとについて、最近はいろいろな意見を目にします。「子どもの可能性を広げるために、いろいろな経験をさせてあげたい」という考えがある一方で、「習いごとで予定がいっぱいになって、自由に遊ぶ時間がなくなるなら本末転倒」「親が安心したいからといって、子どもの時間を埋めすぎるのはどうなの?」という意見も。
確かに、それも一理あるなと思います。そんな意見を目にする中で、わが家も改めて、息子の習いごとについて考えてみました。
習いごとは、親の安心のため?
親としては、習いごとをしていると少し安心するところがあります。体力がつくかもしれない。何か得意なことができるかもしれない。学校とは違う場所で、いろいろな人と関わることができるかもしれない。「何か経験させてあげている」という安心感も、正直あると思います。では、習いごとは親の安心のためなのでしょうか?私自身の経験を振り返ってみると、必ずしもそうではないと思っています。
私は水泳を習っていたけれど……
私は小学校2年生から水泳を習っていました。4泳法ができるようになってからはタイムを測るようになり、選手を目指すほどではなくても本気で泳いでいました。でも、「もういいかな」と思ったタイミングで辞めました。そして今、あんなに泳いでいたのに、私は夏になってもほとんど泳ぎません!それでも、水泳を習っていてよかったと思っています。体力がついたこと、根気や目標を持つ経験ができたこと。そして何より、できるようになるまで取り組んだという「過程」が残っています。そう考えると、習いごとの意味は、将来その技術を使っているかどうかだけではないのかもしれません。
息子にとって、習いごとは何のため?
そんなことも踏まえて、わが家では息子の習いごとを「ずっと続けてほしいもの」とは考えていません。もちろん、できることが増えたり、体力がついたり、何かを頑張る経験ができたり。それも習いごとの大きな意味です。
でも、わが家ではもう一つ、学校以外の世界があることも大切なのではないかなと思っています。息子は友達と仲良く遊ぶこともありますが、いい意味であっさりしているというか、あまり執着がありません。なので学校という一つのコミュニティ以外に、別の世界があってもいいのかな、と。そこには学校とは違う先生がいて、違う年齢の子がいて、違う雰囲気がある。そんな場所で過ごすことで、息子の世界や視野が少し広がることもあるのかもしれません。
結局、わが家は「補ってもらう」
では、わが家にとって習いごとは何なのか。結局のところ、親ができないこと、親だけでは教えられないことを、習いごとで補ってもらっているのだと思います。例えば水泳。親が教えようとしても、全然言うことを聞かない(笑)。「こうやって!」と言っても、息子は遊びたい。それなら、先生に教えてもらったほうがいい。親以外の大人から教わることも、子どもにとっては一つの経験です。
そして、学校とは違う場所で、違う人たちと関わる。そう考えると、わが家にとって習いごとは「親が安心するためのもの」だけでも、「将来役立つ技術を身につけるため」だけでもありません。親が与えられない部分を、ちょっと助けてもらう場所。今のところは、そんなふうに考えています。
その家庭ごとでいい
子どもの習いごとについては、いろいろな考え方があります。たくさん経験させるのがいいと思う家庭もあれば、子どもの自由な時間を大切にしたい家庭もある。親が子どものことを思って選んで、子どもとの意思疎通も大切にしている。その家庭と子どもに合った形なら、それぞれでいいのではないかなと思います。
わが家も、これから息子が「もういいかな」と思う習いごとが出てくるかもしれません。そのときは、私自身が水泳を辞めたときのように、息子の気持ちも大切にしたい。そして今は、親が与えられない経験や、学校以外の世界を、習いごとという形で少し補ってもらえたら。わが家ではそんなふうに考えています。
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