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生栗をせっせと食べた週末。「素材を知る」わが家の食育

物価高の今、スーパーのおつとめ品の棚が魅力的。そこでわたしが必ずチェックするものは「果物」です。もちろん状態と値段を確認してからの購入ですが、意外と果物はおつとめ品になりやすい気がしています。
必需品ではないけれども、食卓を豊かにする果物たち。先日は値引きシールが貼られた「生栗」に出会い、改めて素材の価値を感じました。
意外と出会えない「素材」
栗ひとつとっても、甘露煮やマロングラッセ、「季節限定」と書かれたスイーツやドリンクに姿を変えて売られることが多いですよね。すぐに食べられて手間なし、それでいてとてもおいしい。そんな楽しみ方ももちろん魅力的ですが、わたしの中では素材のほうが「季節限定」感が強い印象です。

ましてや品種や産地によって出回る時期も異なる青果物。「もう出始めた!」「なんだか見かけなくなったから、そろそろ終わりかなぁ」なんて会話も、「素材」に目を向ければ向けるほど得られる親子時間です。
味わい深い「個体差」
先日、茹でた栗を半分に切って、家族皆黙々とスプーンで食べていたとき。「これ甘い」「めっちゃ詰まってる!」「こっちは味薄いな」「あ、これ傷んどるわ」などなど、感想が飛び交いました。

加工品では得られない感覚は、「こういうのもあるよね」という寛大な心を養う上でも大切な気がしています。収穫してから、時間が経つとどうなるか。寝かせれば甘くなるものでも、寝かせすぎると傷んでしまう。そんなことを学べるのも旬ならではの、「期間限定」です。
こんなにおいしいのに安かった「事実」
おつとめ品を手に取ることが多いわが家では、「全然おいしいやん、これ当たりやったね」という出会いも多々あります。巷でもよく話題になりますが、食品ロスに思いを馳せる瞬間でもあります。果物は特に高価なので、誰にも手に取られないままおつとめ品の棚に行くことも多いのでしょう。「なんで安かったんだろうね」なんていう長女の言葉に触れると、これも食育に繋がっているのかなと思います。

さいごに
わたしの感覚では、生栗と加工された栗は、別物だなと思っています。どちらにも良さがありますが、生栗については「茹でただけでこんなにおいしいなんて!」と毎年幸せな気持ちになります。今年もせっせとスプーンを動かす長女を見て、ほほえましくなりました。
必需品ではないからこそ、意識しないと手に取ることがない季節の果物。食欲の秋、「そのまま味わう」という期間限定の経験の価値を改めて感じます。
生栗の色、味、香り。滋味深さが最高です。
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