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36歳で人工股関節に。5歳双子と離れた10日間で感じたこと

「ママ、いつ帰ってくるの?」
テレビ電話越しに聞こえたその一言に、「早く帰りたい」と思う反面、「頑張って元気になって帰らなきゃ」と背中を押されました。36歳で人工股関節の手術を受けることになった私。5歳の双子と10日間離れて過ごした入院生活は、不安もありましたが、それ以上に家族の成長を感じる時間になりました。
手術を決意した理由
私が人工股関節の手術を受けることになった原因は、生まれつき股関節の受け皿が浅い「臼蓋形成不全(きゅうがいけいせいふぜん)」でした。これは日本人女性に比較的多いとされる疾患だそうです。実は母も数年前に人工股関節の手術を受けていて、医師からは、遺伝的な影響も考えられると説明を受けました。
さらに長年続けてきたダンスや、産後の体のケアを十分にできなかったことも重なり、ある日、双子の誕生日に行ったディズニーで長時間歩いたことをきっかけに、ズキッと強い痛みが出るようになりました。
受診した結果、股関節唇損傷と変形性股関節症との診断。まだ36歳なので、「本当に今から人工股関節でいいのだろうか」と何度も悩みました。でも、これから先も子どもたちと全力で遊びたい。運動会では親子競技を諦めたくない。そしていつか家族みんなでアメリカの大自然をハイキングするという夢もあります。その夢を叶えるためなら、今しっかり治そう。そう決意し、股関節手術の経験が豊富な医師を紹介していただき、都内の病院で人工股関節の手術を受けました。

毎日のテレビ電話が心の支え
16歳以下の面会は不可、居住地より車で2時間以上離れた病院での入院のため、付き添い無しでの入院となりました。何より子どもたちのことが心配で、不安で仕方がありませんでした。
そんな入院中、一番助けられたのはテレビ電話でした。朝は「おはよう!」、夜は「今日こんなことがあったよ」と、その日の出来事を話す時間。画面越しではありますが、子どもたちの笑顔を見るだけで安心できました。
スマートフォンがあれば、離れていても毎日顔を見ながら話せる時代。本当に心から感謝しました。10日間という決して短くはない時間を乗り越えられたのは、この時間があったからだと思います。
子どもたちの優しさに驚いた
退院後、一番驚いたのは子どもたちの変化でした。
「ママ、それ持つよ。」
「ゆっくり歩いてね。」
「痛くない?」
今まで以上に私の体を気遣う言葉を自然とかけてくれるようになったのです。
まだ5歳、もう5歳。それでも子どもなりに「ママは手術をした」ということを理解し、思いやる気持ちが育っていました。子どもの成長は、本当に日々の小さな出来事の積み重ねなのだと実感しました。

「いつ帰れるかわからない」を受け入れてくれた
子どもの成長を感じたことのもう一つは、「イレギュラー」を受け入れやすくなったことです。手術後は回復次第で退院日が前後する可能性がありました。
「○日に絶対帰れる」と約束できない状況。何度も何度も「いつ退院なの?」と聞かれては説明する日々。親としては、寂しそうな表情が一番心苦しかったですが、それでも子どもたちは、「ママ、頑張ってね!」と応援してくれました。
予定どおりにいかないこともある。そんな経験を、小さいながらに受け止めてくれたことも大きな成長だったように感じます。
外遊びが寂しさを埋めてくれた
我が家は数年前に「自然での子育て」を求めて、海のある街へ移住しました。そのため、海や畑、自然は常に日常生活の中にあります。
入院中、夫はできるだけ子どもたちを家に閉じこもらせず、海や公園へ行ったり、お友達と遊んだりする時間を作ってくれていました。体を思い切り動かして、お友達と笑って遊ぶ時間は、私がいない寂しさを少し和らげてくれたようです。
子どもにとって「遊ぶこと」は、心を元気にする大切な時間なのだと改めて感じました。

家族みんなの絆が深まった10日間
今回、子どもたちはもちろんですが、一番頑張ったのは夫だったと思います。毎日の送り迎え、家事、仕事、私との連絡。さらに園の持ち物や退院後の生活についても、一緒に考えてくれました。今までは私が中心になっていたことも、夫婦で共有するようになり、お互いの大変さやありがたさを改めて知るきっかけになりました。
親子の絆だけでなく、夫婦の絆も深まった10日間。決して経験したくてした手術ではありませんでしたが、この時間は家族にとって必要な時間だったのかもしれません。
もちろん、健康が一番です。でも、困難な出来事があったからこそ見える景色もある。これからは新しい股関節とともに、運動会で親子競技に参加して、子どもたちとの夢だったアメリカ国立公園のハイキングにも挑戦したいと思っています。

あの日決断したことを、「あのとき手術して本当によかった」と言える未来を目指して、まずはリハビリ頑張ります!
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