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「ママ、なんでもらわなかったの?」子どもと楽しむポーラ美術館で、私のアートの見方が変わった

芸術の秋。せっかくなら、子どもたちと一緒に本物のアートに触れてみようと、家族で箱根へ出かけてきました。今回訪れたのは、箱根・仙石原にあるポーラ美術館。
「子どもと美術館って、楽しめるのかな?」そんな心配も聞こえてきそうですが、実際に訪れてみると、作品だけでなく、建築や自然、そして子どもたちの反応まで、親子で楽しめることがたくさん。今回は、子どもたちの思いがけないひと言から、私自身のアートの見方まで変わった、ポーラ美術館での一日を紹介します。
森の中に静かにたたずむポーラ美術館
今回、作品と同じくらい印象に残ったのが、ポーラ美術館そのもの。森の中にある美術館なのですが、建物がとても静かです。というのも、ポーラ美術館は建物の多くが地下に埋め込まれています。森の中で主張しすぎることなく、むしろ自然の中にそっと身を置いているような建築。豊かな自然の中に、人が手がけた造形がとけこむように立っています。都内のよく行く美術館が、「どうだ!カッコ良いだろう?」とつきつけるように建っているのに対し、ポーラ美術館はそっと包み込んでくれる建築。
つきつける、よりも、つつみこむ。
中に入ると、その大きな空間に身を委ねるような感覚があり、とても心地よかったです。暗い、明るい。光のリズムが心地いい地下にある美術館なのに、光の取り込み方もとても印象的でした。暗く落とされた空間で作品をじっくり鑑賞したかと思えば、次の空間ではガラス越しに外の光が入り、明るく開放的な場所が現れます。
暗い。
明るい。
閉じている。
開いている。
その繰り返しが、まるで光のリズムのようで。作品を見るだけではなく、空間を歩くことそのものが、ひとつの体験になっていました。子どもと一緒に美術館へ行くと、作品だけでなく、こうした建築や空間の面白さを一緒に楽しめるのもいいところ。子どもたちも、次々と変わる空間を楽しみながら館内を歩いていました。

モネと現代アートがひとつの空間に
そんなポーラ美術館で開催されていたのが、「モネ没後100年・開館25周年記念 あたらしい目―モネと21世紀のアート」。モネの作品と、今を生きる現代アーティストの作品が、ひとつの空間で対話するように展示されています。
「コラボ」なんて言ってしまうのは、少し軽率な気がしてならないけれど。時代も表現方法も異なる作品が並ぶことで、モネの作品を新しい視点から見ることができる展覧会です。モネの作品が絵画であるのに対して、現代アーティストの表現方法は、彫刻だったり、映像だったり、物質の集合だったり。実にさまざまです。


そんな作品同士の対話を見て、特に印象に残ったのが、モネの《セーヌ河の日没、冬》と、フェリックス・ゴンザレス=トレスの作品が並んでいた空間。空間の奥には、ブルーのレースカーテン。その手前には、一面にブルーのキャンディが敷き詰められていて、そこへ電球が沈んでいきます。一見すると、「きれい」「おもしろい」という印象。ところが、作品の背景を知ると、見え方がまったく変わりました。

青いキャンディに込められた「喪失」
《セーヌ河の日没、冬》は、厳冬のヴェトゥイユで解氷するセーヌ河を描いた作品。当時モネは、最愛の妻カミーユを失い、深い悲しみに沈んでいました。夕陽が淡く射す冬の風景は、喪失の感情と重なる静謐な時間を映し出しています。

一方、フェリックス・ゴンザレス=トレスは、愛する人の命や身体を、キャンディや電球といった日常的な素材を用いて表現しています。無数のキャンディの総重量は、亡くなった恋人や家族、身近な人々の体重などに等しく、鑑賞者はそのキャンディをひとつ持ち帰ることもできます。今回の展示では、青いキャンディをセーヌ河を流れる氷塊に、電球を沈む夕陽に見立て、モネの絵画とともに展示しています。

なるほど。
もともと別々に生まれた作品が、こうして同じ空間に置かれることで、モネの描いた「喪失」と、ゴンザレス=トレスが表現した「愛する人の不在」が重なって見えてくる。そんな展示でした。
私には「重すぎた」青いキャンディ
そして、この青いキャンディ。なんと、持ち帰ることができたのです。子どもたちは、それはそれは嬉しそうにポケットへ。でも、私は少し違うことを考えていました。
このキャンディは、ゴンザレス=トレスにとって大切な人の身体を表すもの。なんて重たいのだろう。
私にも、大好きだったおばあちゃんを亡くした経験があります。もし、おばあちゃんの身体と同じ重さのキャンディがあったとしたら。それはなんだか、おばあちゃんのすべてのような気がして。きっと私は、一粒もなくさないように、ずっとずっと大切にとっておくと思う。そして、それを見るたびに、おばあちゃんとの思い出に浸ったり、喪失感や悲しみを思い出したり。そして、そのキャンディに執着してしまうと思う。まして、それを知らない誰かに持ち帰ってもらうなんて。私には、とてもできません。
だからなんだか、青いキャンディが呪いのようにさえ感じて。

「ママ、なんでもらわなかったの?」
ところが。持ち帰ったキャンディを、車に乗るなり軽々しく口にする子どもたち。
「ママ、なんでもらわなかったの?」
「甘くておいしいよ!」
なんて、笑顔で話しています。その姿を見ていたら、なぜゴンザレス=トレスが宝石のようなものではなく、キャンディという素材を使ったのか、少しだけわかったような気がしました。悲しみを、悲しみのまま抱えているのではなく、誰かの手に渡り、誰かの日常に入り、そして、いつか口の中で消えていく。そんなふうにして、悲しみを少しずつ分けていくこと、薄めていくことも、愛する人を失ったあとに残されたひとつの方法なのかもしれない。
もちろん、これは私がこの作品を見て感じたこと。「重い」と感じた私と、「おいしい!」と笑う子どもたち。同じキャンディを前にしても、見えるものはこんなにも違う。それもまた、アートのおもしろさなのかもしれません。

子どもと一緒だから気づけたこと
作品だけではなく、森の中に静かに佇み、光と影を行き来しながら鑑賞者を包み込んでくれるポーラ美術館の建築も、今回の展覧会をより印象深いものにしてくれました。そして、子どもと一緒に美術館へ行くと、大人だけで訪れたときとは違う楽しみ方ができることも実感。
「これは何に見える?」
「どうしてこんな形なんだろう?」
そんなふうに、正解を求めずに親子で話しながら作品を見るだけでも、十分楽しめます。「美術館は子どもには難しそう」と思っている方にこそ、ぜひ親子で訪れてほしい場所。家族で芸術の秋。子どもたちの思いがけないひと言に、私自身のアートの見方まで少し変わった、そんな一日になりました。

ポーラ美術館
〒250-0631 神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285
TEL:0460-84-2111
開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
※2026年10月現在。開館時間や休館日、展覧会の開催状況などは、訪問前に公式サイトでご確認ください
※許可を得て、撮影・掲載しています
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