「間違ってるよ」と言ってませんか? 子どもが間違えたときの親の対応

「間違ってるよ」と言ってませんか? 子どもが間違えたときの親の対応

大人にはすぐわかる子どもの「間違い」も、子どもにとっては大切な経験の途中かもしれません。モンテッソーリ教育の実践を通して、正解を教える前に知っておきたい、子どもの今の姿を見つめるヒントを紹介します。

子どもが何かを間違えていると、つい「そこじゃないよ」「こうするんだよ」と教えたくなるもの。でも、すぐに正解を教えないことが、子どもの「自分で気づく力」につながることもあります。モンテッソーリ教育の実践から、大人の見守り方を考えます。

間違っている。でも、先生は何も言わない

例えば、モンテッソーリ教育で使われる「ピンクタワー」という教具があります。大きさの異なる10個の立方体を、一つずつ絨毯の上に運び、大きなものから順に積み上げていく教具です。

最初のうちは、教師が大きさの異なる二つの立方体を見せ、そのうち大きいほうを子どもが選んで積んでいくところから始めます。慣れてくると、子ども自身が10個の中から「これが一番大きい」と思うものを選ぶようになります。ところが、子どもは大きい順に選んでいるつもりでも、途中から順序がバラバラになってしまうことがあります。

教師はそれに気づいています。でも、すぐに「それは違うよ」とは言いません。そのまま見守ります。積んでいる途中で「あれ?」と自分で気づくこともあります。うまく積めなくなったり、タワーが崩れたりして、もう一度やり直すこともあります。子どもが自分で考え、やり直している間は、教師は口を挟みません。

やがて子どもが教師の顔を見たり、「うーん!」と声を出したりして、助けてほしいサインを出したら、そこで初めて「手伝おうか?」と声をかけます。でも、正解は渡しません。「このあたりを、もう一度見てみようか?」あるいは「ここかなあ?」と、教師も一緒に迷っているようにしてみます。

すると、子どもが教師より先に「あ!」と気づくことがあります。自分で積み直して、「ほら、ここでしょう?」。そして最後に子どもが「できた」と言えば、教師も「できたね」と返します。

教具そのものが「もう一度やってみて」と教えてくれる

モンテッソーリ教育では、教具そのものに子どもが自分で間違いに気づける仕組みが備わっています。これを「誤りの訂正」といいます。例えば「はめ込み円柱」。少しずつ太さなどが変化する円柱と、それぞれに対応する穴があります。子どもが一つの円柱を違う穴に入れると、最後に別の円柱が入らなくなったり、余ってしまったりします。そこで「あれ?」が生まれます。

教師がそばにいなくても、教具そのものが、子どもにそっと「もう一度試してみて」と語りかけているようです。少し疲れた様子の子どもに教師が「手伝おうか?」と声をかけても、「ううん」と答えて、もう一度、自分ではめ込み円柱に向かうこともあります。大人に「違う」と言われたから直すのではなく、自分で違和感に気づき、考えて、もう一度試してみる。そんな経験を大切にしています。

間違ったまま終わってもいいことがある

では、待っていれば、子どもは必ず自分で間違いに気づくのでしょうか。実は、そうとは限りません。ピンクタワーを順序がバラバラのまま最後まで積み上げ、それをおかしいとも思わず、満足して終わる子どももいます。

でも、それもその子の今の姿です。その子にとってはまだ、「大きさが少しずつ変化していること」や「大きいものから小さいものへ順番に並べること」を捉えるには早かったのかもしれません。そんなとき、教師はあえて間違いを訂正せず、そのまま終えることがあります。

「正しく積めるようにすること」が、その日の目的とは限らないからです。その日は、ピンクタワーに興味を持った。自分で運んでみた。触ってみた。積んでみた。それだけで十分なこともあります。教師が「今はまだ、正しいやり方を教え直すときではない」と捉えれば、あえて本来の正しい提示をしないこともあります。

「間違っているか」より、「今、どこにいるのか」を見る

同じように間違えているように見えても、子どもの中で起きていることは同じではありません。自分で「あれ?」と気づけそうなら、少し待ってみる。困っているけれど、もう少しで自分でわかりそうなら、答えではなく小さなヒントを渡す。

助けを求めているなら、必要なところだけ手伝う。そして、まだその間違いに気づく段階ではないのなら、正しくできることを求めず、そのまま終わることもある。大切なのは、「間違っているから直す」と一律に考えるのではなく、目の前の子どもをよく見ることです。

家庭でも、すぐに正解を渡す前に

家庭には、モンテッソーリ教具のように、自分で間違いに気づける仕組みがいつもあるわけではありません。それでも、子どもが何かを間違えたとき、「すぐ教えなくても大丈夫かな?」と一度考えてみることはできます。

自分で気づきそうなら、少し待ってみる。困っている様子なら、「手伝おうか?」と聞いてみる。「どうしたらいい?」と助けを求めてきたら、すぐ正解を教える代わりに、「もう一度ここを見てみようか」と一緒に考えてみる。

そして、まだ気づかなくても、その日のうちに必ず正しくできるところまで持っていかなくてもいいのかもしれません。間違えないことよりも、自分で「あれ?」と気づくこと。考えて、試して、やり直して、「できた」と思えること。そして、ときにはまだ気づかない自分のままで終われること。

子どもの間違いを見つけたときは、「正しく直してあげる」だけではなく、「この子は今、どこまで気づいているのかな?」と見てみる。それも、子どもの育ちを見守るための一つの視点です。

ライター

モンテッソーリ教育堀田はるなの画像

モンテッソーリ教育 堀田はるな

モンテッソーリ原宿子供の家 南青山校(東京都港区)、モンテッソーリすみれが丘子供の家(横浜市)勤務。モンテッソーリ教師・保育士。日本モンテッソーリ協会認定モンテッソーリ教員免許取得。
モンテッソーリ教師として8年間、2〜6歳の子どもの保育・教育に携わり、一人ひとりの発達に合わせた環境づくりと、自立を支える保育を実践している。保護者向けセミナーでは、モンテッソーリ教育や乳幼児の発達、家庭でできる環境づくりについて講師を務めるほか、Webメディアで子育てや幼児教育に関する記事を執筆している。
前職ではアパレル、EC、金融業界でマーケティング業務に従事。異業種で培った「伝える力」と、教育現場での実践を生かし、専門知識を保護者にも分かりやすく伝えることを大切にしている。著書に『子どもの才能を伸ばす最高の方法 モンテッソーリ・メソッド』。

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