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「傷つけることもあるけど、一緒に笑えばきっと楽しい」―文筆家・伊藤亜和さんが絵本『モプーはヘンダ』で描きたかったこと

「ヘンダって、なんだろう?」そんな問いをやさしく、そしてユーモラスに描いた絵本『モプーはヘンダ』が発売されました。手がけたのは、エッセイで注目を集める文筆家・伊藤亜和さん。主人公のモプーが抱く「みんなと違うかもしれない」という戸惑いを通して、子どもも大人も「ふつう」について考えられる一冊です。今回は、絵本を制作したきっかけやイラストレーターとの制作秘話、絵本を通して伝えたい思いなどを伺いました。
人生で一番読んだ本は、読み聞かせてもらった「絵本」
ーー初の絵本作品『モプーはヘンダ』はどのようなきっかけで生まれましたか?
実は、元になる文章は3~4年前に、別の依頼がきっかけで完成していました。それが頓挫してしまって宙に浮いた状態だったものをどうにか発信できないかと思って「note」に掲載したんです。そうしたらKADOKAWAさんから声を掛けていただいて、ちゃんと本にすることができました。
ーー今回、「絵本」という作品の形を選ばれたのはなぜですか?
私はもともとあまり小説などの長い文章に触れてこなくて、自分が人生で一番読んだのが、読み聞かせをしてもらった絵本だったんですね。だから「よっしゃ絵本書こう」っていう(気合いの入った)気持ちではなくて、自然と向かっていったというか。いつか(絵本を)書きたいという気持ちはずっとあったと思います。
「モプー」のモデルは、弟と自分自身のミックス
ーー主人公のモプーは、どなたか実在の人物をモデルに描かれたのでしょうか
モプーの見た目や彼に起こった出来事は、弟をモデルにして書いています。弟は私と違ってもともと活発な子でしたが、中学生くらいのときに「周りからジロジロ見られるから家から出たくない」と言って家にこもるようになってしまって。
私はもともとそういうことを感じながら生きていましたが、弟はそうではないと思っていたから、すごくびっくりして印象に残っていたんだと思います。
でもモプーの思考のモデルは私だと思います。小さい頃から、直接「変だね」と言われることは滅多にありませんでしたが、やはり見た目は周囲から浮いていて、みんなが自分のことをどう見ているか、言葉にされなくても感じる部分はありました。
だから自分を「変だ」って言う人、感じているであろう人、そのどちらでもない人、という明確な線引きはありません。「こっちの人たちが敵、それ以外の私をわかってくれる人たちが仲間」という感覚が私にはなくて、誰もがみんな、私の仲間になりうると思って過ごしていました。
だからモプーの、何か言ってくる人を責めないという部分は、かなり私の思考だなと思います。
大人向けの絵本から、より多くの人に読んでもらえる表現に変更
ーー原作を書き上げられた時から、現在の絵本の形になるまで、表現に変化はありましたか?
最初はわりと大人向けの絵本に仕上げる予定でした。もっと文字数も多くて、絵も油絵のような、エッジの効いたテイストを予定していました。
それが今回、出口かずみさんに絵を担当していただけることになったこと、私の作品を選んでくださったKADOKAWAの編集担当の方とで制作を進める中で、自然と子どもたちにも読んでもらえるような形になりました。

編集さんと相談しながら、文字数は元の文章から3分の1くらいまで減らしました。いろいろな方の力を借りて、本当に枠だけが残るような、読者が自由に考えられる幅が増えた状態で、読んでもらえるようになったかなと思います。
あと、時代の影響も大きいですね。原作を書いた当初は、一部の人に届けばいい、好きな人が読めばいいと思っていましたが、今はできるだけたくさんの人に読んでもらったほうがよいかもしれないと思っています。自分が勝手に危機感を覚えているだけかもしれないですが、「このままだとヤバいかもしれない」と思うことが増えたことも影響していると思います。
ーー「ヤバい」に含まれているのは、例えばどんなことですか?
私はいわゆる「ヘイトスピーチ」を受ける当事者なのですが、自分は馴染んでいるから関係ないし、気にしていないと思っていたんです。でも最近の世の中の流れを肌で感じて、すごくナーバスになってしまって。そんな今の時代に、自分が子どもだったらどれだけ怖かっただろうって、すごく考えてしまったんですね。
「世の中を変える」なんて私にはどうすればよいかわからないですし、できるとも思いません。でもせめて、子どもたちが生きている場所、毎日過ごしている場所の中だけでも、シェルター的に何かつくれたらいいなと思いました。
「どうか少しでも長くそのままで」絵本に込めた願い
ーー子どもたちの考え方に変化を起こしたかったということでしょうか
いえ、考え方は変えなくていいんです。多分、幼い子どもたちは大人のように考えが固まっている子ってそういないですよね。だから少しでも長く「そのままで」(いてほしい)という本です。
最近は何にでもいろいろ名前がついて、無意識の差別も「マイクロアグレッション」と呼ばれて話題になることが増えました。でも「もしかしたら自分も人のことを傷つけていたかもしれない」となると、人ってたぶん一気に扉がバンと閉まるというか、その話題から逃げたくなると思うんです。
だからこそ逆に「あなたも加害者になるかもしれない」みたいなスタンスでは、絶対書きたくなかった。
一方で、例えば「日本語上手だね」なんて言われたら、それに傷ついちゃう人ももちろんいると思うんですけど、「私たちはそれに傷つくべきだし、怒るべきだ!」みたいに思わされるのも、私は嫌なんです。
だって、かわいいおばあちゃんが温泉街とかで「日本語上手ね」って言ってくれたとしたら、私は「ありがとう」って言いたくなる。「それってマイクロアグレッションですよ」なんて言いたくないです。「怒りを持つべき」という最近の空気には、それって誰の怒りだろうってすごく思います。
それに大人になるにつれて、触れにくくなる話題もいっぱいあると思うんですよ。「これを話し続けたらいろいろありそうだからやめとこう」「めんどくさそうだからこの人と付き合うのをやめよう」みたいな。それって人を傷つけたくないし、傷つきたくないからだと思うんですけど、でもお互い傷つけるのが当たり前だし、人と人が一緒にいたら、お互いが全部同じ考えを持つなんて絶対無理じゃないですか。
ーー確かに、わざと傷つけようと思っていなくても喧嘩することはあります
でも、それを怖がっていたら何もできなくなっちゃう。傷つけちゃった、喧嘩しちゃった、傷ついちゃった、でもそこからどうにでもできると思うんです。別に考え方が合わなくても友だちでいられるはずなのに、そういう考え方が大人の世界にはほとんどないような気がして。
でも子どもって、けんかしても次の日には普通に笑顔で、一緒に遊んだりしますよね。その気持ちをそのまま取っておいてほしいというのが、この本で伝えたい一番のメッセージかもしれません。白い画用紙に白いクレヨンで何かを描いているような感じで、何か色をつけたいとかではなくて、「そのままでいいよ」って肯定したかったのかな。
子ども特有の、大人とは違う仲直りの仕方…大人もあれでよくない?って私はすごく思うんですよ。もっといろんなことが、ぼやんとすればいいのにと思います。
子どもたちの気持ちを「ただ聞く」きっかけになれば
ーーもし親子でこの本に触れるとしたら、どんなふうに読んでほしいですか?
たくさん話をする、(気持ちや解釈を)押し付けないで話を聞くきっかけになるといいかもしれないです。その子と相手にしかない関係の作り方を信じてあげてほしいというか。
例えば絵本の中で、家から出られなくなったモプーから「ヘンダ」を取り除くシーン。もともとは変えようのない、モプーの見た目が原因で起きているのに、モプーを心配した友だちは、それを「ジャンプをするときオナラをしちゃう」とか取るに足らない癖とかと「一緒だよ」と言って「ヘンダ」を引き受けていきます。果たしてこれらを同じところで扱っていいんだろうかってすごく考えたんです。
でも、そう考えることすら、大人のやることだなと最終的には思って。気安く慰められないとか、気安く声をかけられないとか、大人には複雑な思いがありますが、一番に大切にするべきは、友だちを助けたいという気持ちで、子どもたちにはそれを選んで行動する力が備わっているのではないかと思います。
自分の子どもがひどいことを言われるようなことがあったら、親は「その子とは遊ばないほうがいい」とか「怒ったほうがいい」とか言いたくなる気持ちは分かります。でももしかしたら子どもは解決したいかもしれないし、もう相手とは話したくないかもしれない。自分を癒やすのか、相手に気持ちを伝えるのか、どう伝えるかとか、そもそも怒ったことに対してどう感じるかって、自分で決めることであって、ほかの誰にも決めさせちゃいけないと思うんですよね。
この本が子どもたちにとって「最近傷ついたことがある」という話をするきっかけになったら、「それ言われてどうしたいと思った?」とか、子どもたちの話を「聞く」時間になったらいいなって思います。
絵で「モプー」の気持ちを絶妙に代弁
ーー絵本の中でお気に入りのページや、特に見てほしいところなどはありますか?
全部かわいいんですよね…特に口が棒になっているところが一番かわいいです。モプーが、「笑っていたほうがいいのかな、怒ったほうがいいのかな」なんて思いながら、思いっきり無の顔をしているのも、彼の心情を絶妙に表現していると思います。

出口さんの絵は以前から個展などを拝見して感じていましたが、細かい描き込みのアイディアがすごく面白くて、そのかわいさは最初のページに詰まっていますね。本棚の本のタイトルとかも全部考えてくださって。自分が子どもの頃、絵本を読む時って、なんかこういう小さくて細かいところをすごく見ていた記憶があるので、同じように楽しんでもらえたらうれしいです。

「ヘンダ」は触ると柔らかい!?自由に楽しく読んでほしい
ーー絵本に登場する「ヘンダ」のデザインは、細かくオーダーされましたか?
「ヘンダ」についても出口さんに自由に描いていただきましたが、不思議とイメージ通りのビジュアルでしたね。色や表情がついた「ヘンダ」を見て、「この子たち、悪気ないんだろうな」って思いました(笑)。
なんか嫌なことしてやろうっていう気が全く感じられないんです。モプーが泣いている時は、「どうしたんだろう?」みたいな顔をしているし、興味のあるところにくっついて、楽しいからここにいるみたいな。結果的にくっついた人が傷つくなんてさらさら思っていないという感じ。本当にいい表現をしてくださったなと思っています。
実は「ヘンダ」のプロフィールをAIで作ってみたんですが、形はトゲトゲしてるけど「触ると柔らかい」って書いてあったんです(笑)。私にはあまり細かい設定はないので、「触ったら柔らかいかもしれないな」みたいに、いろんな想像をして読んでもらえたらうれしいですね。
ーー最後に読者にメッセージをお願いします
先日この本を授業で読み聞かせしてくださった小学校の先生から感想が届いたんですが、子どもたちがいろいろツッコミを入れながら楽しく読めたそうなんです。「こうなるといいな」と思っていた通りの反応だったので、とてもうれしかったです。
「教育の本だ」などと身構えないで、楽しんでほしいです。「悲しいね」などとモプーに寄り添わなくても、いまいち気持ちが想像ができなくても大丈夫なので、ただ読んでもらえることが、十分に意味のあることだと思っています。
企画・編集/&あんふぁん編集部、取材・文/山田朋子
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