子どもの「やってみたい!」を育てる声かけのコツ~モンテッソーリ流見守り術~

子どもが何かに夢中になっている時、大人はどんな言葉をかけていますか?「違うよ」「こうしたら?」という言葉は、時に子どもの挑戦する気持ちを止めてしまうことがあります。幼児期に大切なのは、正解よりも「やってみたい!」という思いを育てること。子どもの自ら育つ力を支える声かけを考えます。
子どもが何かに夢中になっている姿を見ると、大人はつい声をかけたくなることがあります。「それは違うよ」「こうした方がいいよ」「貸して、やってあげる」。もちろん、子どものためを思っての言葉です。でも幼児期の子どもにとって大切なのは、正解にたどり着くことだけではありません。
「やってみたい」「どうなるんだろう」「もう一回やってみよう」そんな気持ちを持ち、自分の力で試行錯誤する経験そのものが、成長の土台になります。モンテッソーリ教育では、子どもには「自分で育とうとする力」が備わっていると考えます。大人の役割は、先回りして答えを教えることではなく、子どもが自分で学べる環境を整え、必要な時に手を差し伸べることです。
間違いを直すより、気づく経験を大切に
幼児の活動では、間違いは失敗ではありません。むしろ、「違った」という経験があるからこそ、「どうしたらいいかな?」「もう一回やってみよう」という考える力につながります。例えば、積み木が崩れた時。
「違う積み方にしてみたら?」とすぐに教えるより、「どうしたら倒れないかな?」「もう一度試してみる?」と声をかける。すると子どもは、自分で考え、自分で工夫する経験ができます。この「自分で気づく」という過程が、子どもの自信になります。
「見て!」は評価してほしいのではなく、共有したい気持ち
ある保育参観の日のことです。その日を楽しみにしていた子がいました。壁には、たくさん作った工作と、最近頑張っている計算ノートが貼られていました。お父さんが来ると、「ほら、僕が作ったもの見て!」と嬉しそうに声をかけました。
するとお父さんはノートを見て、「ここ、答え違っているぞ」と伝えました。もちろん、お父さんは「間違いを教えてあげたい」という思いだったのでしょう。でも、その子がその時求めていたのは、正解の確認ではなく、「見てくれた」「頑張ったねと言ってもらえた」という気持ちの共有だったのかもしれません。
子どもが「見て!」と言った時、大人が見るべきなのは作品の完成度や正しさではなく、「この子は何を楽しんだのだろう」「どんな工夫をしたのだろう」という部分です。

大人は「先生」ではなく、子どもの発見を支える存在に
子どもが何かを見せてくれた時、「できたね」「すごいね」という評価の言葉ももちろん嬉しいものです。でも、もう一歩踏み込んで、「どうやって作ったの?」「どこが気に入っているの?」「難しかったところはあった?」と聞いてみると、子ども自身が自分の経験を振り返るきっかけになります。
モンテッソーリ教育では、子どもの活動をよく観察することを大切にします。大人が「教える側」だけになるのではなく、「この子はいま何に興味を持っているのかな」「どこで困っているのかな」と見ることで、必要な援助が見えてきます。

間違いを伝える時こそ、自分で考える力を育てる
間違いに気づいてほしい時も、すぐに答えを伝えるのではなく、「あれ?ここはどうだったかな?」
「もう一度見てみようか」と促してみましょう。
少し遠回りに感じるかもしれません。でも、自分で気づき、自分で直した経験は、「教えてもらった正解」よりも深く残ります。子どもは、失敗しないことで育つのではなく、試して、考えて、また挑戦する中で育っていきます。大人ができるのは、その挑戦を安心して続けられるように見守ること。子どもの「やってみたい!」という気持ちを大切にする声かけが、自ら学ぶ力を育てていきます。




























